男vs女、ミャンマーvs日本、バトルvs癒し、節約vs贅沢…。夫が中国系ミャンマー人となると、夫婦生活はこうなる!
携帯メールでの連絡
最近は、ちょっとした連絡は携帯のメールで、という人は
少なくない、というか、そういう人が多いと思う。
私もその一人なのだけれど、ゾゾも、メールを使うようになった。
(もっぱら節約のため)
今から帰る、とか簡単な連絡だが、
しゃべるのは、上手なゾゾだが、文字となると苦手なので、
メールでは「てにをは」が違ってたりして、ユニークなので、
電話をもらうよりも、私は、メールが好きである。
普段ゾゾとしゃべってても、ドキドキワクワクすることはないが、
(もう10年だしね…当然だけど)
メールをもらうと、ちょびっと、ワクワクするのである。

「今日はラアメンを食べて帰ります」とか、
「べんとを残しました、ごめんね」とか(弁当、のことね)、
「はかりました」(わかりました)
「みかも、ゆうりもむじにむかえてきました」
(みかもゆうりも、無事に迎えに行ってきました)といったことである。

でも、「こういうメールいいなぁ!」と、
わけもなく、何度も読んでしまうのである。
普段は全然ベタベタしない私も、メールでは、
ハートマークを乱用したりして返信してしまう
そして、いつもガミガミ言ってはいけないなぁ、と反省するのである。

電話では、こうは思わないのだが、こういうのは、メールとはいえ、
文字の魅力なのだと思う。

ちなみに、ゾゾの日本語を使うシーンですごく好きなのがもう1つある。
子どもに絵本や紙芝居を読むときである。
たどたどしい読み方や、微妙に異なるアクセントが、
物語以上におもしろい(ばかにしているんじゃなくて、それが魅力なのである)。
だから子どもたちもゾゾに読んでもらうのが大好きなのである。
一番楽しんでいるのは私だけど♪




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テイルランプを点灯するって、どういう意味?
ゾゾ(夫)は在日10年で、もともと言葉が好きだったこともあって、
日本語がめちゃめちゃうまくて、
私は彼がミャンマー人だということを忘れて、あれこれべらべら
しゃべることがあるが、「あ? あ?」なんて顔をされて、はたと気づく。
彼が日本語がうまいので、私のビルマ語は上達するすべはないのである。
だから、たまにミャンマー人で、日本語がつたない人といると、いろいろ勉強になる。
で、新しく仕入れた言葉が、直訳すると
「お尻に電気をつけるな(ビルマ語だとナウ・ミ・マ・レー・ネ)」という言葉。

そのときは、結婚ほやほやなのに、夫をミャンマーに残して来日した女の子と話していた。
「寂しいよねぇ、帰りたい気持ち、わかるわ〜」と私は日本語で言った。すると
「大丈夫、日本も新鮮で楽しいわ」と言うので、私は浮気しちゃだめよ、って冗談を言った。
そしたら、彼女は意味がわからなくて反応をしなかった。そして、
そばにいた日本語の上手な他の友人が彼女に何か言った。
今度は私が??? なので、なんていったの? と言ったら、
浮気をしちゃだめよ、というのを通訳してくれたのだったらしい。

ライトはちゃんと前を向けてって。
お尻に明かりをつけていろんな男を誘惑しちゃだめよ、っていうニュアンスなんだって。
いわゆる浮気するな、ってこと。

外国語って、だから、おもしろい♪
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ドロシー博士の『魔法の言葉』♪
日本だけで150万部のベストセラーになっている
『子どもが育つ魔法の言葉』の著者ドロシー・ロー・ノルトさんの
講演会にいった(彼女はシダックスのスポークスパーソンなんだって)。
テーマは「人生のレシピ」。
親子、家族のコミュニケーションのありかたといった話だった。

子ども2人と夫とバトルの繰り返しのような日々を過ごす私にとっては、
確かに、なるほどそうでございます、とうなづく話ではあるが
実はみんなわかっている、でも実行がなかなか難しい、というところで
つっかえてしまうんだと思う(特に私はね)。

たとえば、
「子どもが落ち込んでいたら、話を聞いた後に、それじゃあそのほかに
なにかしらいいことが、1つか2つあったか聞いてみて。
そうすることで、状況をありのままに受け入れながらも、
状況を少しでも向上する力を身につけるんですね」とドロシーさん。

だけど、子どもは落ち込んでいるんだからなかなかいいことが見つけられず、
見つけられない子どもを見て、親はまた歯がゆくなり、
何で見つからないのか逆にカリカリきそうな…(笑)?

あるいは
「失敗した原因を指摘するよりも、じゃあどうしたらよかったか、
またその方法をとったらどうなると思うか、ということを
2つか3つ探させてみましょう。失敗は向上するためのチャンスなのですから。
1つより2つ、2つより3つくらいの選択のなかから
いい選択をする。人生は選択の積み重ねなので、よい選択をすることを
学ばせてあげてください」

とはいうけれど、子を思うあまりに、「何で失敗するのよー!」って
なっちゃうことも、また不思議ではないのだよなぁ。

でもやはりドロシーさんの話は心があったまり、
自分の子育て、自分育ても見直すきっかけになりました。
それに、ドロシー先生、81歳のご高齢なのだけど、
聴衆の歓迎を受けて、堂々と優雅に手を振ったり、
ゆったりとした間を取った話し方もまた魅力であった。

「ベストを尽くすことは大切だけど、親の尺度の「ベスト」ではなくて、
子どもの最良の姿を見て喜ぶようにしたいですね。
親はほめる、喜ばすだけでなく、
子どもが心の満足感を得られるようにしてあげたいものです。
その繰り返しのなかから、人のために何かしてあげたい、
という気持ちが生まれるものなんです。そういう気持ちは、
人が言うから生まれるのではなくて、毎日の良質な暮らしの積み重ねから、
自然に自分の心の中に生まれるんですよね」って。

そして毎日を振り返って冷や汗が出たお話が次の一つ。

「子どもはペンを持って毎日の出来事を記録していませんが、
頭の中、心の中に、確実に詳細までも記録しているものです。
その記録が彼らのこれからの人生のなかで使われるものです。
その記録は、健康的で、良心的であってほしいものです。
よい記録をとって、他の人に返す、それが人生の理想です。
子どもたちは私たちの、未来へのメッセンジャーです。
ぜひいいメッセージを残していきたいものです」

いいモノを、いい本を、いい音楽を、いい環境を、いい教育を、と
子どもにいろいろないいものを与えたいのは親心である。
だけれど、子どもの人生の中枢を支えるのは、
最小のコミュニティである家族、ってことなんですね。
今いるところ、ここが出発点。

ああ、我が家のおぞましい日常が子どもたちに記録されているのかと思うと、
青ざめる。いかんいかん、と思い、
今日こそは「健康的で良質なメモリーを♪」と思い、
子どもや夫に、対応してみる。子は親の鏡、夫も妻の鏡、
いいコミュニケーションがとれるときは、確かに平和な家庭である。

でも、そんないい状態が続かないこともよしとして、
こういうお話を聞いたり、本を読むことで、繰り返しまた
軌道修正して、また毎日の繰り返しに戻るわけである。

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警備員さんの駄洒落、どうする?
うちの近所でもうずーっと環八の延長工事をしていて、
要所要所に警備員さんが四六時中つっ立っている。
おはようございますとか、
こんにちは、とか、お疲れ様、とか顔を合わせるたびに
あいさつをするのも、毎日だし、日に4度も6度も会うのが重なると
すごく面倒である。
まあ、挨拶ですむ人はいい。
しかし、なかには、気立てがいいのか、ただのおしゃべりなのか
(まあ1日立っていれば人と話したくなるのも不思議はないが)
会うたびに呼び止められて駄洒落を1個いわなくては
気がすまない人がおり、憂鬱である。
「蜂が落ちてきて仰向けに倒れたんですよ、
それで私の顔見てハチカシー(恥ずかしい)…なんちゃって」という感じ。
「今日は雨降りますよ。傘を忘れないでくださいね。忘れて
雨に打たれるとかさねがさねいやな思いをします…なんちゃって」と言って、
ぴょんと足を蹴り上げ、おどけてみせる。

これが顔を合わせると毎日なので、笑うのも疲れるのだけど、
いやな人ではないので、邪険にもできず、顔を合わせるのが
いやなのだけど…。

こういうときってどうしたらいいのかしらん。
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